税理士試験は原則として、必修科目(簿記論、財務諸表論)、選択必修科目(法人税、所得税)、その他選択科目の5科目に合格しなくてはなりません。この5科目を複数年に渡って取れることが、他の資格試験にはない大きな特徴です。
そのような特質を持つだけに、合格までは長丁場。5年以上にわたる計画を立てている人が多い試験です。「あと1科目」という所で何年も足踏みし、折れ掛かる心を何とかつなぎとめている方もいらっしゃいます。
そんな中、毎年注目されるのが、5科目を1年で合格してしまう、いわゆる「一発合格者」が出るかどうか。国税庁からは一発合格者の有無は一般に公表されていないのですが、税務会計の専門誌等では、毎年記事になっています。記者の方々に話を聞くと、国税庁の記者クラブ資料で、毎年情報提供があるそうです。
試験の難化もあり、長らく誕生していなかった一発合格者ですが、平成23年度の試験で平成6年度以来となる合格者がついに現れました。専門誌の記事で「一発合格者はなし」との文章を読み慣れていた私も「おおっ」と声を上げてしまいました。
この方は20歳の男性。年齢的に、大学や専門学校で試験勉強に専心できる環境にあったことは想像に難くありません。会計事務所職員などの社会人受験者の方々にはそうそう真似できるものではないでしょう。
資格学校の中には、学生向けに「一発合格講座」のようなコースを用意しているところもあります。しかし、講師の方々も、それを積極的に勧めるのは二の足を踏むと思われます。各教科の難易度は相当なもの。手を広げすぎて「共倒れ」になれば、有意の若者の学習意欲を摘んでしまうことにもなりかねません。一発合格者は、本人の強い想いと環境、優れた指導者など様々な要素が合致して初めて誕生するのです。
さて、私はこのニュースを聞いてからしばらく、自分のことではないにもかかわらず、一発合格者のマーケティングに思いを巡らせました。士業にも経営戦略が必要と言われるようになって久しいですが、「税理士試験一発合格」の称号は、その希少性から「ブランディング」としても大いに使えそうです。
顧問先となる中小企業の経営者への訴求力はそれほど期待できないかもしれませんが、資格学校の講師、あるいは受験対策本、会計入門本の著者の肩書きとして効果は絶大。出版各社から引っ張りだこになり、作家活動の多忙さで会計実務を行う時間がなくなるかもしれません。一発合格者の方が、どのような会計人に成長していくのか、楽しみではあります。
孤独な戦いである試験勉強のモチベーションを高めてくれるのは、合格後にどのような税理士になりたいかという将来イメージです。今年度も、一発合格を密かに狙う方、「この1科目に全てをかける」という覚悟で望む方、様々な想いを抱いている方がいらっしゃるでしょう。皆様が、持てる力を発揮して、将来を掴み取ることができるよう、心から祈っています。