クライアントに迫る新たな経営危機
建設業界をクライアントに持つ会計士、税理士なら、すでに察知していることと思うが、空前の人手不足により、新たな「経営危機」が顕在化している。
東日本大震災の前は、公共工事の大幅削減により、仕事が無くなったことで倒産する会社が続出したが、今度は、作業員を確保できないために工事を受注できずに倒産する話が報じられている。仕事があるのに行き詰まってしまうのは、傍目にもやりきれない思いがする。東京五輪招致成功により工事ラッシュが見込まれる建設業界は、需給逼迫により資材も高騰しているが、人手もまた同様なのだ。
“ブラック企業”も悲鳴の労働需給逼迫
アベノミクスの効果なのかは分からないが、いずれにせよ、民間の経済活動の急な回復の動きに、人手確保が追い付いていない。2月の完全失業率は3.6%と、リーマンショック前の2007年7月以来の低水準だ。リクルートジョブズの調査では、三大都市圏のアルバイトやパートの時給は948円。首都圏では1000円近くに迫る値上がりが続いている。
こうなると拘束時間が長くて、重労働の印象も強い、飲食などのサービス業は敬遠される傾向が強まる。その分、余計に人手確保に懸命になり、時給単価もどんどん上がっていく。この波は正社員採用にも及んでおり、「ブラック企業」の代表格として一部メディアやネット上で非難された某大手衣料小売りチェーンは非正規社員の正社員登用を打ち出し始めた。それでも人手が確保できなければ、営業ができなくなる事態にもなる。同じく「ブラック企業」の代表格にされた某居酒屋チェーンは、一部店舗を閉鎖する動きが報じられている。医療や介護、育児支援など社会保障サービス従事者についても、労働需給は逼迫する。
会計人が認識しておくべき変革の兆し
一連の事態をみて改めて感じるのは、人手確保も経済の原理原則に従って動いているということだ。ブラック企業撲滅の決め手として、「正社員の解雇規制緩和」が挙げられる。これは労働市場を自由化することで、魅力的な職場環境を作れない企業には結果として人手が集まらなくなるというマーケットの自浄作用を念頭に置いている。規制緩和に反対する方々は、「首切り」の方にばかり目を向けてしまい、経済原理への意識が弱いが、労働市場が活況を呈した時に、待遇の悪かった業界や企業が慌てふためくテストケースとして考えると興味深い。
もうひとつ、変革の兆しを考えるとすれば、政府がいつ外国人労働力受け入れに踏み切るかだ。以前も当コラムで、移民受け入れ問題は取り上げたが、経団連が再三受け入れを提言し、日経新聞も4月末に一面で3日間連載した「人手不足経済」を取り上げた最後の締めで「ヒトの開国」を提起するなど、外堀は埋められ始めている。政府は建設業界に関しては「技能実習制度」を拡大解釈して対応中。ただ、これはそもそも途上国支援の意味合いが強く、抜本的な移民受け入れとは程遠く、次なる展開も予想される。
取り急ぎ、建設業界など人手不足に悩むクライアントを受け持つ会計人の立場でいえば、「仕事があるのに倒産」という事態に至らないか、市場環境を知っておくことは自らの危機管理の意味でも把握しておいた方が賢明だ。
(文/新田哲史=コラムニスト、記事提供/株式会社エスタイル)