今年2月のことだった。「AERA」で「『楽天新党』が動く」と題する記事が掲載され、楽天の三木谷浩史会長兼社長が民主党の主だった中堅・若手議員を集めて世代交代を促すべく、発破をかけたというのだ。初のネット選挙となった参院選でも、自らが代表理事を務める経済団体「新経済連盟」が与野党8人の候補者を推薦。渋谷での街頭演説に駆けつけるなど多忙な社業の合間を縫って、選挙活動にも精力的に参加する力の入れようもあって、その政治的動向に注目がどんどん集まり始めた。
株売却で盛り上がる軍資金説
少々本筋から話がそれるが、江上剛さんの作品で「隠蔽指令」という銀行を舞台にした経済小説がある。「特命係長・只野仁」シリーズでおなじみの高橋克典さん主演でテレビドラマにもなったので見た方もいるだろう。主人公の銀行員が不良債権の処理を極秘裏に進めるストーリー。その過程で銀行員が旧友の議員秘書と再会し、この友人が仕える代議士がもくろむ政界再編の動きに巻き込まれていくのだが、この代議士が秘書に対し、新党の準備資金として10億円を用立てるよう命じる場面がある。江上さんはある程度、現実を取材した上で書いていると思うので、この額が議員数十人を要する中規模の党としては一つの「相場」なのだろう。
わざわざ小説の話を持ち出したのは、“楽天新党”の話にお金が絡む報道があったからだ。AERAの報道が出た頃から、三木谷社長夫妻は自社株売却の意向を公表していたらしく、実際に7月に財務局に提出した資料で保有株の一部を売ったことが明らかになる。2人の持ち株比率は43%から40%程度になり、売却は400億円程度だった。先述した報道や選挙への関わりもあって、余計に面白おかしく憶測が飛び交い始めたのだろう。株売却で得たお金は、政界再編を目的とした新党の軍資金であるとか、野党議員が“三木谷詣で”を始めたとまで書き立てる記事も出た。
優遇税制廃止が影響
偶然にも筆者は今夏、三木谷社長が応援した候補の広報支援に参画した経緯もあって、お目通りする機会があった。とはいえ、そんな生臭い話は本人からは勿論、あるいは周辺からも聞いたことはなかったので、売却資金を政治的に活用するものなのかは関知していない。しかし、売却する契機として確実に言える理由が一つある。それは株の売却益への税率が本来の半分の10%という優遇措置が、今年で終わってしまうのだ。
三木谷社長以外にも今年は上場企業の創業経営者が、株の売却を急いでいる。10月26日の日経新聞夕刊がその動きをまとめた記事を掲載し、出版のKADOKAWAの角川歴彦会長、ゲームアプリのコロプラの馬場功淳社長、眼鏡チェーンのジェイアイエヌの田中仁社長ら多数の名前がリストアップされていた。角川氏のように創業家一族として長年君臨していた方は別として、馬場氏のようにゼロから事業を起こし、短期間で急成長させてきたベンチャー経営者ならば、リスクを取った代わりに果実を得る「エグジット」も目標だったはず。2003年から続いてきた税制の優遇期間内に上場を果たせたわけだから、駆け込み的に、少しでも多くの利益を手にしたくなるのは当然といえる。
市場の専門家の間では、年末に向け、創業者と親族の売却が相次ぐことで株価を押し下げる圧力がかかるという観測が出ている。税制変更が生み出す影響をそこにも感じるが、やはり庶民としては売却額の使い道はやっぱり気になる。400億円と言えば、球団を少なくとも3つは買える額である。
(文/新田哲史=コラムニスト、記事提供/株式会社エスタイル)
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