「先生のオフィスやご自宅って、きちんと整理整頓していつもきれいなんでしょうね」 以前、会計士志望の学生からこんな質問をされて思わず苦笑いをしたことがありました。会計士及び税理士の志願者のみなさんのみならず、経理の仕事を希望しているみなさんは、自分は細かいところまで気が回るので、経理に向いていると思っている人が多いのではないでしょうか。実際、私の部屋の散らかりを見ると自信がないこともありますが、経理の経験が浅い方から見ると、「試算表の計算がいつも合わなくて、経理の仕事が合わないと思っているんです」といったように、財務諸表の作成に携わる人は「細かい人」達の集まりである、という印象を持っているという話をよく耳にします。 しかし、実際には「細かい人」が財務諸表を作成する資質があるとは限りません。ちょっと専門的な話になりますが、会計には会計の大きな概念を示した企業会計原則があり、その一番の目的は、企業の財務内容を明らかにし、企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないことです。そして企業会計原則には注解という解説があり、その中で「重要性の原則」が記述されています。監査基準にも監査上の重要性が記述されており、会計基準や監査基準では些細な事項については多少の誤りは許容されています。
そもそも1円まで正確な財務諸表を作成するのは不可能で、財務諸表にはその性質から引当金のような経営者の見積りに基づく数値も現れるし、連結財務諸表にはデータが完全に入手できない、又は入手することが困難な関連会社を持分法適用会社として取り込まなければなりません。
細かいところまで気が回る人から見ると、財務諸表はとてもアバウトに作成されることになるかもしれません。しかし、そのアバウトさは、費用対効果で財務諸表読者の判断を誤らせないように作成すればいいという、もっともな根拠に基づくものです。私自身も新人時代は試算表の計算が合わないとイライラしたこともありました。しかし、先輩からは些細なことにイライラすることが私たちの仕事ではないと諭されました。財務諸表作成に携わる人はある程度おおらかな気持ちを持たなければ、コスト対効果の面でも割に合いません。これから財務諸表の作成に携わろうと思っているみなさんには、おおらかな気持ちを持ち合わせることが重要であると認識してもらいたいのです。
なお、税務の申告にあたり、税額計算をする際には重要性の原則は適用されません。私見ですが、そもそもアバウトな財務諸表を元に実施される税額計算そのものをアバウトにしたら、すべてがパーになってしまいます。最後に、念のために強調しておきますが、些細な誤りを許容しているからといって、重要な部分は決して間違ってはいけません!