「タックスヘブン」という言葉を耳にしたことがあるだろう。 文字通り、税金が減免される“天国”のことだ。最近、経済危機で話題になった欧州の島国キプロスもそうだった。ロシアの大金持ちや欧州の犯罪組織が資産をこっそり移していたことが問題視された。日本でも今後の増税を見据えた国外への「資産フライト」が相次いでいるようだが、新たなハードルが待ち受けているのをご存じだろうか。
2012年度税制改正により創設された重要な新制度の一つに「国外財産調書制度」がある。本年から、12月末時点で国外に5千万円超の財産がある人は、財産の内訳を記載した調書を税務署に提出しなければならなくなるのだ。
この制度はほかの法定調書と同じように、税務当局が個人の財産や課税所得の額を把握し、「適正な課税」を行うための制度といえる。国外にある財産や、国外を源泉とする所得の捕捉は当局にとって近年の大きな課題なのである。
所得税を例に取ると、課税対象者は国内に住所や居所(相当期間継続して居住する拠点)がある人である。例えば、日本の居住者がスイスのプライベートバンクに移した財産を運用して得たキャピタルゲインも、日本の所得税の課税対象となるのが原則である。
しかし問題は、国外には日本の国税当局の調査権限が及ばないこと。海外の金融機関の口座の入出金を把握することができないため、本人の持つ通帳や証書等の現物を押えない限り、脱税が事実上ブラックボックスになる場合が多かったのである。
現在、日本の金融機関に対しては、100万円を超える金額を海外へ送金する際に、当局への報告義務が課されており、国外財産による脱税を発見する大きな手がかりになっている。しかし、外国の金融機関同士の取引を捕捉することは未だ非常に困難である。
そこで国外財産調書の創設である。所得隠しの実態は全くわからなくても、海外に財産があると思われる人の調書が提出されていなければ、即調査対象とすることができる。虚偽記載や無提出には罰則規定もある。また、提出された調書から読み取れる情報も多い。税務調査の対象を決める作業が大幅に「効率化」するのである。
先日、クレディ・スイス証券の社員が、海外にある本社から賞与として受け取り、国外の金融機関で管理していたストックオプションに関連する所得を申告せず、脱税に問われた事件について、東京地裁が所得隠しの意図を否定。無罪の判決を出した。控訴を決めたものの、検察・国税当局にとって屈辱的な事態である。
しかし、仮にこのケースで国外財産調書制度があった場合はどうなるだろうか。もし調書が未提出であれば、意図的な所得隠しであることを間接的に証明する材料として当局に有利に働くことになるのは間違いない。
「制度が創設されても、海外への調査権限がないことには変わりないから、たいしたことはない」というのは大きな間違いである。国外財産に対する包囲網は、確実に狭まっている。