議員会館にいると陳情者がいっぱい
2013年は筆者が初めて政治の舞台に本格的に携わる機会を得た。初のネット選挙となった参院選に際し、東京選挙区に出馬した現職候補者の広報スタッフとして参加。選挙準備が佳境になってくる5月の連休明けから、毎日のように議員会館に通い詰めるようになっていた。
そんな中、入口のロビーでツアー客のようなグループが入館手続きで列をなしている場面にしばしば遭遇する。カジュアルな装いの中高年も多いが、時にはスーツ姿の男性たちが精悍な雰囲気を漂わせていることもある。議員の選挙区から上京してきた後援会関係者もいるとみられるが、一定の割合を占めるのが議員への陳情・ロビイング活動を目的にした人たちだ。彼らは、様々な業界団体、環境啓発等を行う社会団体などであり、議員の執務室にいても時折、インターホンを鳴らしたと思いきや、「他の先生の部屋を尋ねたついでに」とばかり、アポなしで陳情に押しかける強者もいる。もちろん議員本人は多忙だったり、不在だったりするが、追い返すわけにもいかないので、一言二言、申し入れを聞いた上で陳情書を受け取って報告はするのだが、私のお手伝いした候補者は野党だったので、もしもこれが与党でしかるべきポジションにいる先生の事務所だったら、応対はどれだけ大変だろうかと想像してしまった。
マックの外で学生がたむろ?
議員会館のお話を長々と書いたのにはワケがある。先頃、自民・公明両党は、消費増税の二段階目にあたる2015年10月の税率10%への引き上げに際し、一部の品目を対象に軽減税率を導入することを税制改正大綱に明記した。導入のタイミングは引き上げと同時になるかは微妙なところで、今後の政治情勢によっては覆る可能性も無くはないが、実現すれば我が国では初めてのことになる。そして、永田町の陳情光景を見た経験から、おそらく混乱は必至だなという沈うつな思いになってしまう。
税理士・会計士の皆さんであれば、すでにご存じであると思うが、軽減税率とは、低所得者への増税の影響を和らげようと、食料品などの生活必需品については税率を抑える措置。フランスやドイツ、スウェーデンなどでは導入されているが、問題は、商品ごとの税率について客観的に決めるのが難しいことだ。実際、先行して導入している国の実情を見ると、同じ食料品でも何を以て「日用」とするのか枠組みをするのは、納得しづらいものもある。有名なところでは、ドイツのハンバーガー店だ。店内で食べると「外食」扱いで19%が適用されるが、持ち帰りは「日用品」にあたるので7%で購入できる。もし、同じような形で日本でも導入されれば、マクドナルドの店舗内は閑散しているのに、お金のない高校生や大学生が寒空の下、ハンバーガーを頬張りながらたむろするという光景が増えるかもしれない。もちろんお持ち帰りのない、外食産業への打撃は大きい。
そうなると、同じ食事を提供する業界でありながら、外食と持ち帰りで税率が異なるように、適用されなかった業界にとっては「なぜ、うちは10%なのに、あそこは5%なのだ」と不満を抱きかねないことになる。そうすると、巻き返しのために、税率が高止まりしそうな業界関係者は徒党を組んで、与党の税制調査会のメンバーをしている議員への陳情に押しかけてしまうだろう。
新聞はOKで、ネットメディアはNG?
筆者がかつていた新聞業界も、出版業界を巻き込んで「活字文化や議会制民主主義を支える公共財」であることを名目に、フランスに倣っての軽減税率適用を訴えている。各新聞社も社説でその主張を再三繰り返しているが、実のところ、そういう社説が掲載されるたびに、読者の意見を聞く部署には、「自分のところばかり特別扱いするのか」というお叱りの電話がよくかかってくると聞いている。
「活字文化や議会制民主主義を支える公共財」というのは、メディアの多様化で紙の新聞や出版だけが担う機能ではなくなった。インターネットでも、プロのジャーナリストが調査報道した上で社会的影響力を与えるような有料サイトが出現しているし、もし紙の新聞だけ軽減税率を適用するとなると、そうしたネットジャーナリズムは「活字文化や議会制民主主義を支えていない」ということになりかねない。
突き詰めるところ軽減税率を適用するというのは、対象となった業界は、社会の中で「特別扱い」を認めてもらうということになる。それならば、食料品であろうと、メディアであろうと、軽減税率適用を訴えるだけの正当性や品位が求められるのではないだろうか。
(文/新田哲史=コラムニスト、記事提供/株式会社エスタイル)